えんがわだいすき

社会人腐女子が日常生活の中で感じたことのメモ。

何でコメント欄ないんやこのブログ

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いつの間にこんな…

ここのブログ、ブログなのに交流する気が全く無い感じしますよね。多分。
だってコメント書くところがないから。ブコメも非表示だから。
最近の私はかなり臆病というか

よくわからない人から喧嘩腰で凸られたり晒されることに疲れてしまった

ので

凸られる口を閉ざしてしまおう(晒されるのは私の知らないところでやってくれればそれで良い)

と思い、開設当時から交流する術を断ち切っています。
(その癖、人のブログにはコメント書きに行ったりする)

そして最近友人らが立派にブロガーをやっていて、自分のブログのコメント欄で別ブロガーさんたちと交流しているのを見て正直うらやましい!

それこそ10年前くらいは自分でHTML組んで同人サイト立ち上げてブログも開設してコメント欄機能ONにして。
良いコメントも悪いコメントも受けて。
誹謗中傷は未だに内容を覚えています。嫌味も言われたし、絵が下手だって何度言われたことか!笑
ショックは受けるものの、それでも絵を描き続けている時点で「描くこと」自体が好きなんだなぁとつくづく思います。
そして自分に打撃を与えるコメントをもらっても、サイトは閉鎖しませんでしたし、何より私に好意を持ってくれていた人たちと交流するのも楽しかった。

そして2010年、Twitterへ…

Twitter

Twitter廃人を8年くらい続けている中で色々な匿名コメントサービスを見てきました。
お題箱
マシュマロ
ラブレター
…何か他にもいっぱいあります。
そして、匿名性を利用して攻撃する人が出る。
サービス自体は悪くないし、運営も悪くない。でもそういったツールを使って理不尽に攻撃しようとする人たちも少なくない。

や~~~~~~~~~!!!!!!!疲れちゃうでしょ!!!!!!!!

私はサイト運営時代にWEB拍手から匿名で誹謗中傷をもらったことがあったので

「見えない人間に非難を受けて傷つくくらいなら最初から設置しない」

の精神で、Twitterでは新しいコメントサービスが始まっても置いてません。
とはいえネットでは毎日誰かから非難を受けて「こんなコメントきた」と呟く人がたくさんいます。

や~~~~~~~~~!!!!!!!見てるこっちもやっぱり疲れちゃうでしょ!!!!

なんかこう、問題提起とか学級会とか、疲れちゃう。
意見やディベートのやり取りは見ていて興味深いのですが!
勃発してすぐに「アッ…めんどくせ…」ってなっちゃう。

批判と非難

よく「コメント 非難」と検索するとヒットする記事には「気にしない」「無視」と記載されています。
どれだけ強靭な心の持ち主なんだ。
どこかの記事か呟きで「蚊がプンプンなんか飛んでるわ」くらいの気持ちを持つと良い、という文章を見ました。
どれだけ強靭な心の持ち主なんだ!!!!!(私もそうなりたい)

例えば、

「この文章を読んで私はこう思いました」

という【私の意見も汲んでくれた上で自分の意見を述べる】スタンスなら
「へ~!そういう考えもあるんだ!」
と気づけるのですが、これがまた

「お前の意見は間違ってる!俺の意見を聞け!」

みたいな【お前の意見なんて知らんわ!】という喧嘩越しで来られると「えっ!?」ってなってめちゃくちゃショック?傷つき?ます。

【批判】と【非難】の違いってやつですかね。

注目したいのは、先ほど挙げた『デジタル大辞泉』における「非難」でこう書かれていることです。
「人の欠点や過失などを取り上げて責めること。」
「非難」においては間違いなどを指摘し、「責める」ことが強調されています。
一方、「批判」を見てみると、「物事に検討を加えて、判定・評価すること。」とあるように、ただ指摘するのではなく「検討」することが強調されています。

つまり、「批判」は論理的・妥当的なことばのやり取りを前提として指摘することですが、「非難」では一方的な主張を押し付ける点で異なっているということが言えそうです。

批判と非難の決定的な意味の違い―批判は思いやり、非難は押しつけ | TIRU LABO

 

他人の心へ与える打撃

昔、布教の為に「○○は××で△△な人に向いてるからお勧め!」とTwitterで呟いたら、それが4000RTくらい回ったことがあって。
そしてついに来た

「死ねよ」

リプライ!(いや~!びっくりした)
知らない人から突然「死ねよ」」って言われて思わず手が震えました。
そして当時の私は妙な対抗心を抱き、

「私に構ってる暇があったら○○を見てください!」

と返信。(超皮肉だったなと思う)
すると相手からは、

「○○見た上でいってんだよ!私は☆☆が好きで、あの展開はどう考えても◎◎向けになってるだろ!」

と。
そこで初めて気づきました。

「この人、○○を見た上で、展開にショック受けてる人だったんだな…なんかすまんな…」

と。
ここまで来ないと相手の気持ちって理解できないんですよ!でも最初に「死ねよ」と言われてしまうとこっちとしては
「えっ!??何かめっちゃ理不尽に攻撃された!!?」
って思うじゃないですか。
面白い気づきだった出来事でした。でも疲れた!笑
精神衛生的によくない!!!!

世に自分の作品(イラスト、漫画、小説もそうですけど、Twitterの文章も、このブログもそうだと思います)を出した時点で誰かの心を揺さぶってる。
むしろ「揺さぶれてる」のってすごいことですよね。誰かの心を揺すってるんですもん。
で、何か引っかかることがあると(それが良い意味でも悪い意味でも)その人はコメントをする。

いやね!本当は凄い事だと思うんです!私の作品が誰かの今生きている1分1秒に打撃を与えてるって…。

視野を広く持つ

結構な頻度で「視野を広く持ちたい」とツイッターで呟くことが多いです。
きっとそれは私自身、頭が固くて柔軟性に欠けてるから。
仕事でもよく言われるんですよね!「頭固いな!」ってw
知ってる知ってる~!

「視野を広く持つ」

と暗示をかけてればそのうちでき…でき…できるかわからん!けど思って無いよりマシだ!

自分の事じゃなければ客観的に物事を考えられるんですけど、
自分の事となるとどうしても…ね…

臆病

最近の私はかなり臆病だなって思います。
ツイッターも仲の良い人だけをフォローして鍵をかけました。
オープンなアカウントではあまり自我を出しません。
自我のあるオープンなアカウントを作っても学級会が勃発してくると面倒くさくなって消してしまいます。
他人のブロックリストをインポートできるツールを利用したら、いつの間にか6万人をブロックしていました。
最近ネットで勃発する様々な問題に対し、自衛した結果がこれです。

気持ち的にはめちゃくちゃ平和!ホントに!

だからこそ
「あ~~~~このまま閉鎖空間にいていいんか~~~~????私、腐らん?????」
とも思います。

共感・検討・尊重

女は「共感」して生きていくもの。

ってよく言うじゃないですか。そのとおりなんですよ!あ~~困った困った!
「わかる」と「わからない」。
「わからない」物に対して最初から「お前と私は違う!」と弊店ガラガラせず、
どうしてそういう思考になるのか聞いたうえで「君はこう思ったのね」と噛み砕いて理解していきたい。

自分とまったく全部同じ思考をしている人間なんていないと思ってます。
だからこそ、意見が食い違ったとしても
「君は君、私は私」
のスタンスを保ちつつ、お互いの意見も尊重できるといいな~なんて。

このブログがいつか、オープンマインドになって、コメントがONになるといいですね!!!!!!!!!!!!
(くるのか!?!?)