えんがわだいすき

社会人腐女子が日常生活の中で感じたことのメモ。

ドリフェス!!!!!!!!と君

両手で数え切れないくらい色んな人に色んな方法で勧めて来たのを思い出しては、
布教した人たちのいろんな接し方を見てきたな。と思いました。

結果論としてプロジェクトへの接し方は
「みんなちがってみんないい」
「みんなれっきとしたドリフェスのファン」
だと思います。

「○○していないから」
「○○できないから」
「ファンを名乗っていいのかわからない」
という悩みの気持ちに対して
「そんなことないよ!」
という私の気持ちと
ドリフェス!というプロジェクトに”触れた事のある全ての人”がファン(アーティスト)」
と言ってくれたキャストのMCを思い出しながら。

じゃあお前はどうなんだよ

Mくん先日なが~~~~~~~いブログを書きました。
この文章エール重!と語ったら友人に「重いどころか鈍器だった」と言われました。

10010.hatenablog.com

実態をかけた俺ーのフェスティバル!俺フェス!(暴かれます!)

・アプリ課金は「自分のしたいときにする」
 →持ってないカードもある
・アプリイベントは「腰が上がったら走る」
 →全部あけてない
・アプリストーリー(メインもキャラも)「適当にあける」
 →レベルMAXにしてない
・DCDは「やりたい時にやる」
 →コンプはしてない
・イベントは「行きたいときに行く」
 →全通してない
・ラジオは「聞きたい回だけ聞く」
 →全部は聞いてない(100以上あって2~3くらいしか聞いてない)
・キャストの別現場は「見たいものだけ見る」
 →追ってない
・グッズは「欲しいものだけ買う」
 →全部は買ってない(実は円盤も全部は買ってない)

こんな状態ですが、私は「ファン」を名乗っています。というかファンです。
めっちゃファンだと思ってます。
何でって?

作品への接し方は人それぞれだからです。

なおかつドリフェスが大好きだからです。

これに対して
「○○してないなんてファンじゃない!」
という言葉を投げかけられたらきっとこう答えます。
「それをやってない人はファンじゃないと”誰が決めた”の?」
と。

wantとmustの話

先日もこんな事を話していました。

全通”したい”ならすればいい
課金”したい”ならすればいい
応援”したい”ならすればいい

これが

全通”すべき”
課金”すべき”
応援”すべき”

になった瞬間「義務感で動くのしんどくない?」と思うのです。
やりたければやればいいじゃん?という考えなので「~すべき」で動くと精神的にきついぞ~!と感じています。
これは自分自身への言葉でもあり、他人への言葉でもあります。

私は自分じゃない人に”~すべき”とか”絶対~だよ”とかそういう話をしたくない。

だって他人の”する””しない”は私の一存で決めるものでもないし、
強制的に”させる”方へ誘導することでもないし。

その人の判断で決めたことに”否定”を並べる権利も私にはないはず。
(ファンなのに何で~してないの?とかそういう)

君のwantは好き貫けばいいと思うけど、私にmustで突きつけるのはやめてね!!!!
好きにさせてね!!!!
私も自分のやりたいようにやるから、君は君の思うようにやってくれ!!!!
と思うわけです。

2次元+3次元=5次元を必ずしもそう捉えなければ”ならない”わけじゃない

「3次元を2次元に見れない(2次元を3次元に見れない)」

え?うん、別によくない?だって感覚は人それぞれだし。
プロジェクトの売りはそうかもしれないけど。別によくない?無理なもんは無理じゃん。

「見れたから偉い」とか「見れないからダメ」とか「もったいない」とかそんなことは無くて。
(ほんと誰だよそんな風に他人の価値観やものさしを自分のものさしで計った上で押し付けるのは~!)

今自分の目の前で起こっていることを(アニメ映像、アニメのVR、3次元のPV、3次元のイベントなど)最高に楽しめればそれでいい!!と、私は思うんです。

無理に重ねようとしなくていいと思います。
※だからこそ武道館で富田くんの「あえて純哉と自分を切り離していた」は今までの彼の行動を思い返して妙に納得してしまいました。

Mくんも天宮奏と石原壮馬を別物と捉えているタイプです。
ブログでは確かに「重なって見えた」と書きましたが結局二人は別物。
席が遠かったのもあり、なんかこう、目が霞んでいて、あれ?今二人いる?みたいになった感じです。(とんだ錯覚だ)

というか私もずっと「3次元は3次元」としか思ってなかった!よ!
3次元と2次元を切り離していたので、天宮奏担だけど石原壮馬担だと気づくのに1年かかったタイプだよ!

ちなみにファンミで行われる舞台上のキャラクター演技はあくまで「演技」だと思っています。
天宮奏いる!と思って見てましたが、普通に観劇してて、そっくり度の高さがすごいな!?俳優ってすごいな!?みたいな。
声が一緒だと錯覚しますね。とても。

「2次元だけが好きで3次元にあまり興味がない」

え?別によくない?でもドリフェス好きなんでしょ?ならよくない?

「3次元は元々好きでライブは行くけどアニメを見るのに抵抗がある」

え?別によくない?でもドリフェス好きなんでしょ?ならよくない?

(完全に「私は」という主語の元書いていますが、これを読んでまた苦しくなってしまう人がいたら本当にごめんなさい)

キャストの言葉

今日初めてライブを見に来た人、初めて僕達を見てくれた人
この3年間でドリフェスから離れた人
ずっと支えてくれている人
途中から見てくれて今ここにいる人
今日会場に来れなかった人

ドリフェスに触れてきてくれた全員がいてくれたからこそ今日僕らはここ(武道館)にいる。

前のブログにも書きましたが、彼らは
「立っている」
ではなく
「立たせてもらっている」
のスタンスです。
それはラストライブだけじゃなく、ずっと前からそう。
そういう姿勢に凄く惹かれていました。

ドリカを手で配った時、受け取ってくれた人は今ここの会場にいるかわからない。
でもその人が一人でも欠けていたら「今ここには立っていない」。

今日初めて僕らに会ってくれた人、来てくれてありがとう。
君たち一人でも欠けたら「今ここには立っていない」。

だからこそ彼らは〆の言葉で「みんなドリフェスというプロジェクトを作り上げたアーティスト」と表現したんだろうなと思います。

誰一人欠けたってこのプロジェクトは完成しないし、
ファイナル後に好きになってくれた人も、大事なプロジェクトの一人。

イベント全通してなくたってアプリ課金してなくたってメディア全部追ってなくたって私も大事な一人なんだよ!!!!

と、ここまで書いて気づいたんですが、このプロジェクトってずっと未完成のまま続いていくのかもしれない。
私の中の「終わる気がしない」ってそういうことかも。

総括:ドリフェスに”触れた”時から君は今までもこれからもプロジェクトのアーティスト

俺はファン。俺はアーティスト。俺はドリフェス。俺がドリフェスなんだ。
私は今後もいい物は布教していきたいのでドリフェスを引き続き知らない人に推していきます。

「ファイナル終わったのに今から見るのもな~」

と迷っている貴方!一旦見てみて!話はそれからだから!!!!

私に「ドリフェス見よ~!」と布教された貴方!
wantで見てね!mustじゃないからね!!!!
私の「○○見て~!」は「私が楽しくしてる○○の話を聞いてくれ~!」と「気が向いたら見て~!」の一貫なので、mustで見なくていいよ!
wantになったら見てね!見ない人に「何で」とか言いませんから!ね!

下記の記事に出てくる「1年半推していた知り合い」は私です。
読んだ後に「人が何かに出会うタイミング」ってあるんだ!と思いました。正直びっくりした!突然見だしたので!
彼女がドリフェスになるタイミングは1年半前でも1年前でも半年前でもなく”今”だったんだ!と。

hayamap.hatenablog.com

さぁみんな!一緒にドリフェスになろうぜ!